2017神戸市外大国際学会報告 〜チベット語最古層の形成とその構造推移〜

International Seminar on Tibetan Languages and Historical Documents と題された国際研究集会に参加して発表を聞いてきました。

神戸市外大国際学会報告

この国際学会は神戸市外国語大学名誉教授の武内紹人先生が日本学術振興会の科学研究費の助成を受けた「チベット語最古層の形成とその構造推移」という研究の成果発表の一部です。

1日目午前

9月7日(木)と8日(金)の2日間にわたって神戸市外国語大学の附置施設「ユニティ」のセミナールームで行なわれました。

1日目の最初のセッションでは、武内先生と龍谷大学の岩尾一史さんがチベット語の最古層(吐蕃帝国時代まで)がどのように成立しどのように展開発展したのかを概説されました。予定されていた大英博物館のSam van Schaik氏は都合で来られませんでしたが、同氏の字形に関する研究は、岩尾さんが読み原稿を代読するかたちで紹介されました。

ブラフミー文字やナーガリー文字、ネパーリ文字などの書体からどのようにしてチベット文字が作られていくのかを沢山の写真で解説された興味深い論文でした。特にwaとbaの形に関してのトーマスやウライさんの説への反論は興味深い。

1日目午後

午後のセッションは西寧の青海民族大学特別研究員の井内真帆さんのハラホト(黒水城)出土のチベット語文献についての報告、ハンブルグ大学のOrna Olmogi女史によるチベット文化の中で文献にどのような正当性や権威が求められてきたか、という話題、同じくハンブルグ大学のDorji Wanchuk教授によってニンマ派文献に現われる教義の正当性と継承の諸相に関する考察が述べられ、チベット語仏教文献の初期の展開に関する諸事例が示されました。

続いてコーヒーブレイクを挟んだ最後のセッションでは、武内先生と神戸市外国語大学の西田愛さんによって、チベット文字で記述されたシャンシュン語の解読に関する報告がありました。いまだ解明されていない言語であるシャンシュン語の存在動詞や格助辞を推定していく道筋はものすごく大きな興味を湧かせます。

2日目午前

2日目は、1日目よりもより言語学に特化した研究が紹介されました。

2日目最初のセッションは、チベット文語に口語がどのように影響を与えてきたかという問題を念頭に東京外国語大学の星泉先生が行なった研究は興味深いものでした。

10世紀以前のいわゆるOld Tibetanと11-19世紀のClassical Tibetanそして20世紀以降のModern Tibetanに分けてデータ入力された沢山の文章を計量研究し助動詞や存在動詞の傾向を探るという方法で時代的な傾向を探り、さらのそれらの文章を書いた著者の出身地の口語表現の影響がどう出るのかという点を考察したものでした。

例えば「〜しつつある」という表現が古代はching mchisという言い方が圧倒的に多かったのに現代ではbzhin yodというのが多くなっていて、それがアムド地方出身の作家の小説での表現の影響かも知れないとのこと。1960年代からしばらくの間はgyi yod pa redが多かったのは毛語録のチベット語訳の普及と関係があるかも知れないということを初めて知りました。

このセッションではまたスイスベルン大学のMarius Zemp氏がパキスタンとの国境地帯の言語Purik語の中に最古のチベット語から分離したと思われる痕跡があるとの報告がありこれもチベット語の歴史にとっては重大な指摘だと思いました。さらに武内先生のところで提出されたアムドのDanzheng Zhuomaさんによる博士論文が武内先生から紹介され、アムド農民方言の中の古代チベット語の綴りと共通する音が観察されることを知りましたが、これも私には初耳でした。

2日目午後

2日目午後のセッションは周辺地域のチベット系言語にどのくらい古いチベット語の影響が見られるかという問題を扱った研究です。

筑波大学の白井聡子さんによる四川地方の数々の言語(ナシ系やギャロン系など)に見られる借用語を検討した発表を聞いていて漢語とチベット語の両方から借用してきたこの地域の複雑性をあらためて認識しました。

最後は武内先生によるブータンの諸言語(ゾンカ、ブムタンカ、ブロッカなど)とチベット語との関係に関する報告がありました。数詞が面白いですね、20進法を採ってる言語って意外と多いんですね、10進法でもまともに計算出来ない私にはとても無理。

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チベット語の歴史に関連する様々なテーマの発表を2日間ゆっくり聞いて楽しみました。この分野で世界の学界をリードする研究者たちの相互のコミュニケーションは非常に良い。

そして日本人研究者の世代交替も順調に進んでいるようで、チベット学ウオッチャーとしては嬉しい限りです。