2018年度日本チベット学会報告

日本チベット学会第66回大会が11月16日(金)から11月17日(土)にかけて駒沢大学で開催されました。

例年通り、1日目の岩尾一史先生や西田愛さん達若手研究者主催のチベット学情報交換会と2日目のシニアによるチベット学会本体との二本立てです。

私自身はすでにシニアも通り越してシルバーです。学問の進展に取り残された感のある老いた脳にはすべてのポイントが分かる訳でもないのですが、研究発表を全て聞いて勉強してきました。

会場になった駒沢大学3号館「種月館」は駒沢大学で一番新しい建物なんだそうです。9階まであって何とも羨ましい素晴らしい教室棟でした。

一日目の情報交換会の発表会場は9階910教場、二日目の会場は2階206教場という部屋でした。「教場」という言い方が凄い!伝統を感じます。素晴らしい施設で、文句は無いのですが、エコが行き届いていて、講義時間の90分が過ぎると電灯が自動的に切れてしまいます。慌ててスイッチを入れ直す加納先生が気の毒でした。

第一日目11月16日(金)の午後に、第6回チベット学情報交換会が3号館(種月館)の910教場で開催されました。

  • 浜中沙椰 (早稲田大学大学院・教育学研究科博士後期課程)
    「若手チベット学会(ISYT)の報告」
  • 井内真帆 (神戸市外大・青海民族大学宗喀巴研究院客座研究員)
    最近のチべット本土の貴重書をめぐる動向」
  • 池尻陽子 (関西大学文学部准教授)
    「2018年夏 青海寺院調査報告」
  • 星泉(東京外国語大学 AA 研教授)
    英語チベット文学への誘い:ツェワン・イシェ・ペンバと長編小説」
  • 岩田啓介(日本学術振興会特別研究員/東京外国語大学 AA 研)
    「新史料『清代西蔵地方檔案文献選編』について

どの報告も大変興味深いお話しでした。井内先生の報告は私自身すごく興味のあるところですのですごく参考になりました。星先生の英語チベット文学の話題は大いに考えさせられました。聞きながら私自身はチベット音楽の定義に思いを馳せました。チベット語の歌詞ならチベット歌謡かと言うとそうではないし、英語や漢語の歌詞でもチベット歌謡だと看做されるものも多い。文学の問題と同じことが言えます。

第一部 研究発表 第二日目11月17日(土)午後

黒田有誌「18世紀後半に於けるラサナンツェシャーレークンに関する一考察」

発表の様子

最初の発表は龍谷大学大学院の黒田有誌氏による「18世紀後半に於けるラサナンツェシャーレークン (lha sa snang rtse shag las khungs)に関する一考察」と題する発表でした。司会はあの石濱裕美子先生。(どの?)

ラサナンツェシャーレークン略してナンシャーというのは清朝期に駐蔵大臣や摂政や内閣によって設置された役所のひとつですが、徴税だけでなく訴訟や事件にも関わって、収監や尋問の場所としてもこのレークン(事務所)は利用されていたそうです。今までは満州語や漢語資料を頼りに考察されていたのですが、これをチベット語文献からも調べて、この役所の実体を明らかにしようとする研究の一端を報告されました。この分野は小松原さんの得意分野でいつも他の研究会でもこの時代のこれに類するお話しを聞かせてもらうのですが、濃いですね。資料が満州語・漢語・蔵語しかも仏教用語とまったく共通しないチベット語で書かれているのです。けど、登場する人物やお寺は馴染みがあって、分かりそうで分からなくて何か変な感じです。

彭毛才旦「シャーキャ・チョクデン『中観決択』に見るバーヴィヴェーカの世俗観」

2番目の発表は広島大学大学院の彭毛才旦(パクモツェテン)氏による「シャーキャ・チョクデン『中観決択』に見るバーヴィヴェーカの世俗観」という発表でした。

中観自立論証派のバーヴィヴェーカが言語的慣習においては自相によって成立する実有を認めているとゲルク派のツォンカパやその弟子のケードゥプジェは述べるが、サキャ派のシャーキャ・チョクデンはそれを批判して、そのような主張に根拠はないとする。この発表ではシャーキャ・チョクデン著の『中観決択』を幾つかの観点によって検討してこの点に関するシャーキャ・チョクデンの見解を整理したものです。自立論証派と帰謬論証派の間に異なった世俗諦の理解はなく二者の間に思想的な対立はない、とシャーキャ・チョクデンは考えていたと発表者のパクモさんは結論付けます。

この手の発表や質疑をチベット人が日本語で行なっている姿に時代の流れを感じます。

新井一光「中観派の慈悲観」

3番目の発表は曹洞宗総合研究センターの新井一光氏による「中観派の慈悲観」という発表でした。

もの凄く面白い発表でした。『根本中頌』最終偈で、ナーガールジュナが、仏陀の説法に関して「憐愍」によって正法を説かれたゴータマに敬礼すると述べている箇所に考察を加えたものです。

梵天勧請を知って釈尊が最初に法を説く決心をした背景に「憐愍」という情緒的な要素がはたして必要なのかどうか、と発表者は問いかけます。すでにシュミットハウゼン先生が『四分律』の中の梵天勧請の叙述部分に「憐愍によって」という説法動機が語られていないことを指摘しておられるそうです。『五分律』にも『破僧事』にもなく、後の時代に「憐愍」という情緒的動機が考えられるようになるのでは、と発表者は考えておられるようです。

『根本中頌』には多くの註釈書が著されていきますが、発表者はそれらの註釈者の最終偈の当該註釈部分も当然調べらておられます。『プラサンナパダー』や『般若灯論』やプトゥンやレンダワやツォンカパなど、いかに世尊が大慈悲をもって説法されたのかが活き活きと語られます。中村元先生や高崎直道先生が「釈尊が成道後に、梵天のすすめに応じて世の人々のために法を説かれたのは慈悲にもとづくのである。」と書かれると、我々素人は釈尊ご自身がそう仰っていたのかな、原始仏教時代から一貫してそう考えられていたのかな、と思い込みます。けど、そうではないのかも知れない。後から作られた歴史認識みたいなものがこの他にも沢山あるのかも知れないと改めて思いました。

発表者には他にも、ナーガールジュナ自身が憐愍という言葉を使った意図について独自のご見解があるようでしたが、今回の発表ではその点は深く追求されていません。今後の発表に注目です。

野村正次郎「ツォンカパの空思想における記述と解釈」

4番目の発表は文殊師利大乗仏教会の野村正次郎氏による「ツォンカパの空思想における記述と解釈」という発表でした。

この発表はおそらく歴史に残る発表なのではないかと思いながら聞きました。この駒澤大学の地で、日本チベット学会で、駒澤大学の松本史朗先生が聞いておられる前で、松本史朗氏のツォンカパ研究の問題点が指摘される、そのような空間に立ち会えるとは思いもしませんでした。

野村正次郎さんの発表の主旨は、ツォンカパが空性を語る場合に、記述形式と解釈形式の二つのモードが使い分けられていて、その解釈形式を様々に展開することによって修行者が自ら煩悩を断ずる有効な手段となり得るものだ、という点です。ツェンニーを勉強し実際の問答を経験された野村さんならではの見解です。その論述の足がかりとして、ツォンカパの空思想を体系的に扱った松本史朗、四津谷孝道、根本裕史、福田洋一各氏の記述を論ずる中で、松本氏の学説(初出論文執筆時から考えると30年近く前の記述)を検討されたのです。発表者は松本史朗氏の説を纏め、「主観的批評」とし「ロマン主義的叙情」と評されました。発表者自身が述べているように、当時と今とでは研究環境が全く異なります。関連する膨大なチベット文献へのアクセスが可能になった今の状況と、そしてツォンカパをその戒律観や密教理解をも含め総体的に見るための資料も知識も不足していた時代とを単純に比べることは出来ません。

松本先生は質疑応答の時にそのことを率直に認められました。私がその場に立ち会って嬉しかったのは、両人が相互に強いリスペクトを持ってお話しをされていた事です。野村さんは何度も松本先生がその著作で展開された深い思索の大ファンであることを表明されていました。

第二部 パネルディスカッション「チベット牧畜民の世界観を捉える辞典編纂」

休憩を挟んで後半はパネルディスカッションが行なわれました。

数年前から青海省のチベット牧畜民の暮らしを調査してきた東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所のチベット牧畜語彙収集プロジェクトが『チベット牧畜文化辞典』のパイロット版をリリースしました。このパネルディスカッションではそのプロジェクトに携わった研究者の中から別所裕介さん、星泉先生、海老原志穂さんが調査で知り得た問題や辞書の利用法などに関してお話しをされました。

別所裕介(駒澤大学准教授)「岐路に立つ牧畜民:三江源自然保護区における牧畜の処遇をめぐって」

別所さんのプレゼンテーションはいつもながら、パワーポイントを駆使した素晴らしい説明でした。牧畜民が抱える問題点を、政府の政策の無計画な変遷の経過という観点と絡めながら分かり易く説明されました。三江源というのは三つの大河の源流域のことで、そこを保護区にすることを政府が決定したことは、一見素晴らしいことのように思えますが、強制的な牧民の移動を引き起こし、結果として狭く区切られた牧草地の中でチベットの牧畜の伝統が衰退への道を余儀なくされています。本来牧畜民の草原は誰の持ち物でもないものだったので相互に移動し侵入しながらも牧畜民たちは協合しながら生きて来たのですが、土地の所有という概念が導入されるようになり、割り当てられた土地の格差もあって、劇的な変化が起こっているのです。今牧畜民たちの生活を記録しなければ完全に消滅への道をたどることになるのだ、というお話しでした。

星泉(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所教授)「フィールドワークとデータベースの双方向的活用によるチベット牧畜文化辞典の編纂」

チベット牧畜文化辞典がフィールドワークの成果としての調査カードの形からどのようにデータベース化され、データベースされたことによって様々なあらたな視点を生みながら、再調査の必要と調査方法の改善を積み重ねていった過程を説明されました。調査を重ねていると良くあることですが、一度聞いた語彙や体系を別のインフォーマントが否定しまったく異なる情報を得ることがあります。つまりデータベースを作るという作業は決して最終段階ではなくて、新たな段階の重要な準備段階なのです。

海老原志穂(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所フェロー)「チベット牧畜文化辞典の応用:現地還元のための絵本制作と口承文学の翻訳」

海老原さんの報告は、この辞典がどのように活用され得るか、を例示するものでした。

チベットでは吐蕃の頃からの伝統でなぞなぞ詩が民衆に根付いていまう。このなぞなぞを理解することは外国人には可成り難しい作業で、その語呂合わせや数合わせは基本的に普段の生活から出ているので、現地で何年も生活していても子供の頃からのネイティヴの経験とは比べ物になりません。

例えば「長いお姉さん、沢山の飾りもの、何だ?」が搾乳などの時に多くの家畜を繋ぎ止めておく多頭係留索を意味することを理解するためには、その形状を目にする必要があります。そのような語彙の検索にこの辞書が役に立ちます。他にも歌垣の歌詞にも沢山の牧畜語彙が登場しますので、今まで我々が使ってきた仏教用語中心の辞書では到底対処できないものが未だチベット語文献には多くあるのです。今後たとえば、私なんかはチベットの伝統的な歌詞を再度この辞典を使いながら読み返してみたいと思っています。

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三名の報告の後、総括を兼ねて北京の蔵学研究中心のラシャムジャ氏によるコメントがありました。更に、フロアにおられた我々の大先輩の貞兼綾子先生が現在取り組んでおられるネパールのチベット系牧畜民支援の事情を紹介されながら、この研究がより広いチベット文化圏に拡げられながら展開されることを期待するという主旨の発言をされました。次の世代にその知識が引き継がれていくためにこのような仕事が必要なのだというお話しをされました。

青海とネパールでは牧畜衰退の理由が異なります。ネパールでは先年の地震という災害で家畜自体が地震被害を受け、家畜を購入する活動から再構築を図っているとのこと、政府の一貫性のない政策が原因のチベット内地とは異なった理由ながら、次の世代に牧畜を引き継ぐための活動が要請されるという状況は似通っているのです。貞兼先生のお元気な姿が見れて本当に嬉しかった。私が大学院生の頃から憧れていたチベット学者なのです。

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全部の発表が終わった後、総会がありました。次年度の大会開催校は龍谷大学です。龍谷大学から参加しておられた岩尾一史先生から歓迎の挨拶(日程的にはまだ未定、10月になるかも知れないとのこと)があってのち、再会を期待しながら発表会が終了しました。