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公開:2000-2-16
ダヤンウルスの長 ダヤンハーン

世の中には様々な思い込みや誤解があります。例えば、チャイナドレスが中国の伝統的な衣装だと思い込んでる人がいますが、それは間違いで、あれは清朝時代に高貴な人物が着ていた庶民あこがれの満州族の伝統的衣装です。胡弓だってその名が示す通り中国のものではありません。

中国共産党は設立当初「中華連邦共和国」構想を掲げていました。また毛沢東を主席とする「中華ソヴェト共和国臨時政府(1931)」も民族自治権を承認し、自由意志による中華ソヴェト連邦の建設を方針にしていました。けど、1949年に中華人民共和国が出来てしまってからは、どこでどうなったかは知りませんが、漢族は自信に満ちあふれてしまって「中国」とか「中華」とかすごく自分中心的で古臭い考え方を「近代的な社会主義国家建設」というスローガンのもとで器用に操縦して少数民族対策を行ってきました。

1999年にキルギスで起こった日本人誘拐事件は日本国内で大きく報道されました。それらの報道を通して改めてかつてソビエト連邦の一部であった、或いはソビエト連邦の強い指導の下にあった多くの国が現在は独立を果たし、以前には聞いた事も無い国名が地図上に存在しているのを再確認した人も多いでしょう。

アフガニスタンの北にはタジキスタン、トルクメニスタン、キルギスタン、カザフスタン。そのカザフスタンの西にはようやくソビエト連邦の傘から離れる事の出来たモンゴル、そしてモンゴルの北にはトゥバ、ブリヤト等の国があります。

モンゴルは以前はモンゴル人民共和国という名でしたが、現在正式にはモンゴルウルスという国名です。これらの独立国が存在すること自体、ロシアの求心力の低下を感じさせますが、同じくこれらの国と接しながら中華人民共和国の領内に生活する人達もいます。新彊ウイグル自治区や内蒙古自治区、寧夏回族自治区などに住むこれらの人々は民族も宗教も言語も、独立を果たした上記の国々の人々と極めて近いのです。

また中国にはもう一方で国際的に強い感心を持たれている重大な民族問題があります。そうです、チベット問題です。アカデミー賞候補にもなった映画「クンドゥン」を御覧になった方も多いでしょう。考えてみれば、これらの地域の事情には共通した問題と背景があることに気がつきます。つまりこれらの問題の多くはロシアの覇権主義と漢民族の中華思想の中にその根があると思われるのです。

13世紀の後半、クビライが強大なモンゴル経済共同体をユーラシア全土に打ち立てた時、その中心となって活躍したのはモンゴルやカザフの武民であり、クビライと強い結びつきを持っていたチベット仏教サキャ派やカギュ派の活仏達であり、チンギスの長男ジョチに起源するジョチウルスのキリスト教徒であり、イラン方面で活躍したクビライの弟フレグのウルスたるイルハーン国のイスラム商人達でした。彼等がそれ程までに広大な地域を治める事が出来たのには秘密がありました。それは後にこれらの地域を支配するロシアの覇権主義や漢民族の中華思想(ついでに言うと日本の帝国主義)とは対極にある考え方でした。モンゴル達には領土という概念がなかったのです。彼等は協力関係を結ぶという条件を満たせば、その土地の宗教も言語も文化もすべてそのまま認めたのです。

中国本土に於ても同じでした。漢土では漢字を使用し儒教や道教や仏教も奉じていたので、恰も辺境の部族が中華王朝を打ち立てたかのように後の漢文の歴史書は記していますがそれは事実ではなく、我々が元朝と称している国は、モンゴルの人々にとっては「大元(ダイヤン)ウルス」の一部であって、明朝がたてられた後も滅亡してしまった訳では無く、ウルスは北に移動して存在していました。

さて今日程このウルスの精神が必要とされている時はありません。大国が自らの文化と価値観を押し付ける時代は終りつつあります。我々は異なった宗教や言語や文化を相互に尊重しながら、共存していく必要があるのです。もう一度言います。強大な覇権主義がマイナリティーを押さえ込んでその文化を駆逐しながら取り込んでいく時代はもう終わったのです。

このダヤンウルスは、「大元ウルス」復活をめざしたダヤンハーンの精神と遺志を継いで、先ずはマイナリティー達の文化を肩の凝らない形で現代の生活に取り入れて楽しもうという呼び掛けです。