白隠禅師の秘密の鍋

 最近わたくし阿亜蕃仙人はティーバッグになった「桑の葉茶」を愛飲しています。栄西禅師の影響です。影響受けやすいのです。12世紀末から13世紀初頭にかけて活躍した栄西禅師は『興禅護国論』等の重要な仏教書を著していますが、その栄西禅師が茶の効用について書いた『喫茶養生記』は日本の茶の歴史を考える時には極めて重要な書と言えます。しかし、この『喫茶養生記』の下巻の内容については一般にはあまり知られていません。喫茶の効用について述べる上巻とは違って下巻では桑の葉の効用について述べています。桑粥や桑茶、あるいは桑枕など、褒め過ぎじゃないかと思えるほど桑を誉め称えています。e-140821-1-1

栄西は別のエッセイでご紹介した明恵の先生のひとりですが、明恵のような、鋭く尖ったしかし分かりやすい人物ではなさそうで、捉えどころのない漠とした大きな人物であったように私には思えます。
 明恵や栄西が食に対してきわめてストイックな態度であったことはご紹介しました。釈尊がお命じになられた、午後には食事をしないという習慣をその通りにつらぬいただけではなく、美味な食事を避けることによって食に対する執着を徹底的に取り除こうと努力した姿がお弟子の記述から窺い知れます。明恵上人などは美味しい料理だったらわざと不味く加工して食べたという位でした。

 今回ご紹介したい白隠禅師は、明恵や栄西からはずっと後世の人物(17世紀末から18世紀に活躍)ですが、明恵上人が聞いたら大喜びしたんじゃないかと言うような逸話が残っています。
 普通は禅の僧堂では典座(てんぞ)という役職があってその典座が所属する僧侶全員の食事を作ります。しかも上下に関係なくすべて同じ物を食べるというのが習わしですが、白隠禅師だけは典座が作らずご自分で特別の鍋を作っていたのだそうです。妙心寺での事です。規則違反ですが、一般の僧は白隠禅師ほどの人物ですから黙認していました。けど新入りの雲水のひとりが「ぜったいあの鍋には特別美味しいものが入っているに違いない」と思って台所にいって誰も居ないのを幸いと火にかけられていた白隠禅師のためのミステリー鍋の蓋を開けて食べてみたのですが、臭くて不味くて吐き出してしまったそうです。白隠禅師がそこにやってきて、「それは汝が食べるものではない。皆の残飯を集めておいてそれを煮込んだものを私は食べている。汝は皆と同じ食事をせよ」と語ったそうです。どうです?明恵上人が聞いたら「ブラボー」と叫んだと思います。

 それにしてもわたくし阿亜蕃仙人は毎日毎日、贅沢なベジ食を楽しみ、食への執着をつのらせています。高級ステーキや特上にぎりを食べたいとは全く思わなくなりましたが、食への執着がぜんぜん無くならない。なんと情けないことか。食べているのは精進ベジ食でもこんなのぜったいに「精進」ではないですよね。