懐石(かいせき)

年の初めにいつもその一年の目標をたて、誓(ちかい)をたてるのですが、完全にそれが実行されることは稀なことです。ダイエットの目標や禁煙の誓いをいつもいいところまで行って破ってしまう、そんな経験を持たれたことがあるでしょうか?

幸い私は禁煙の誓いだけは成し遂げました。若いころはタバコを吸っていたのですが、ある時に禁煙を決心しました。

実は夜中にタバコがなくなって、わざわざパジャマから服に着替えて深夜に外に買いに行こうとしたのですが、その時に偶然に自分の姿を鏡で見てしまったのです。実に情けない顔をしていたのです。何者かに操られて動いている操り人形のようなそんな表情をしていたのです。

 

煩悩というのは大抵そんなもので、煩悩に操られ翻弄(ほんろう)されているにも関わらず、自分では普段はそれに気付かず自分の判断でその行為をしているように思い込んでいますが、実は自分の中にいる煩悩に操られて行動しているのです。まるで催眠術をかけられて命じられた人のようなものです。

その時鏡を見なかったら私も気付かなかったことでしょう。私は何者かに操られていることが悔しくなり、その悔しさが原動力となってタバコをやめることが出来たのです。

 

欲とか煩悩と言ったりしますが、本来動物には欲望は生きる為に必要なものです。生物は生きて子孫を作ることが最も重要なのですから。けど、欲望がいつも満たされるとは限らないので、悩みや苦しみが我々に起こってきます。

つまり操られるばっかりでは悩みや苦しみがどんどんこちらにやって来ることを防止出来ません。タバコを吸い続けていたら、そのタバコが手元にない時のあの異様な渇望は根本的にはなくならないのです。何故だか、無いとなると欲しくなるものです。

だいたいアルコールやニコチンは度が過ぎると「禁断症状」(と呼ぶと大げさ過ぎますが)が起こります。心の中に穴凹(あなぼこ)が出来たみたいにそれを埋めたいと思う気持ちです。

けどニキビの穴みたいに直ぐには穴凹はなくなりません。強い気持ちで穴を埋めずに置いて時間をかけて待つと穴が自然と塞がり、埋めるべき穴がなくなりそしてやがて欲しくなくなる訳です。

 

昔の仏教修行者は、瞑想の邪魔となる眠気を防ぐため、午後には食事をしないようにして修行をしました。インドでも中国でも日本でも同じです。

「温石(おんじゃく)」あるいは「懐石(かいせき)」という言葉がありますが、これは昼間に天日で温めておいた石を夕方に懐の中に入れて、座禅をしたことからこの言葉があります。胃袋を温めて緩めて空腹感を一時的に除去する働きがあったのです。

胃袋は中にものが無くなって小さくなると空腹感を感じるようになっています。修行者はこんな風にして胃袋からの信号をコントロールしながら、自らの煩悩と対面していました。

 

さあ、今年はたてた目標や誓いをやみくもに頑なに守ろうとするのではなく、煩悩とうまく付き合いながら一歩ずつ向上しましょう。