河口慧海師の精進食生活

チベット探検で有名な河口慧海師(1866-1945) は、元は黄檗宗に所属する僧侶でしたが、やがて黄檗宗を離れ、晩年には在家仏教協会という団体を設立して独自のスタイルで仏教伝道に励みました。臨済宗妙心寺派の名僧であった山田無門老師が修行の道に飛び込んだのは、河口慧海師の説く『入菩提行論』の講義を聞いて感動したことが契機だったと言われます。無門老師が惹かれたのは河口師の生活態度そのものであったと後に語っています。

河口師は精進食生活を一生貫き、しかも戒律通り午後には食事を一切しないという食生活でした。
親交のあった人の思い出話しなどを総合すると、乳製品は採られていたようですから今風に言うとラクトベジタリアンということになるでしょうか。しかし、午後食事を採らない、ということは「在家仏教」を標榜した河口師にとっては、いや晩年師の世話をしたご兄弟のご家族にとっても都合の良いことだったようです。つまり昼ご飯は家族一緒に菜食で仲良く食卓を囲み、夕ご飯には師以外のご家族で肉や魚を含む夕食をしていたようです。両者に精神的負担のかからない良い方法だと思います。
河口師の好物はやはりチベットで味をおぼえた「麦焦がし(ツァンパ)」だったようですが、晩年は玄米を煎って粉にしたものを代用していたようです。お蕎麦も好物だったようです。お味噌は八丁味噌が大好物だったようで豆腐や海藻類を具にした味噌汁を好んだと弟子たちが語っています。午後は固形物を食べずに、お茶やサイダーを飲んだということです。お茶は紅茶(ダージリンの缶入り)を自分でいれてインド風のミルクティーを客にふるまったということです。つまり菜食でしかも午後は食事をとらないという厳格な態度なのですが、食生活は楽しんでいたようです。