釈尊公認のジュース

ひと月程前から新しい趣味を始めました。私の専攻しているチベット学の大先輩に河口慧海という人がいて、その人は戒律堅固な僧侶で一生独身でしたし食事は精進を貫きしかも午後に固形物を摂らない「非時食戒」を守っていました。私も遅まきながら彼に倣って還暦以降は精進食生活に切り替えましたし、不飲酒にしていましたが、新たな趣味として、さらにハードルを上げてひと月に6回ある「六斎日(ろくさいび)」には午後から次の日の夜明けまでに固形物の食事を摂らない「お斎限定非時食戒」を実践してみようと思いつきました。

実際に実践してみると沢山の新たな発見があります。先ず今までは思いもしなかったのですが、夜明けが随分と重い意味を持つようになってきました。1年半程前にこのサイトの書籍紹介の項でも採り上げましたが、アンドリュー・ドルビー著の『朝食の歴史』という名著があります。そこに詳しく解説されているように、朝食を意味するBreakfast という言葉は、「break one’s fast(断食を破る)」つまり一晩普通に断食したあと朝の食事を摂るという言葉に端を発しています。フランス語のデジュネも同じような意味なんだそうです。この歳になってやっと「これがほんとのブレックファーストなんだ」と納得した次第です。お釈迦様のころの宗教者の多くは午後に固形物の食事は摂らず夜明け以降にその断食行為をブレークしたのでしょう。
 ところで少し前に書かれた論文なのですが、龍大大学院の博士課程を出られた研究者で現在は主婦になっておられる井上綾瀬さんという方の「yāmakālikaについて」[『パーリ学仏教文化学』22, 2008年]という論文を読みました。この論文はインド仏教の律文献に記されるヤーマカーリカつまり仏教修行者が午後から口にしてよい飲料について検討が加えられています。どうです?スーパーフード愛好家の皆さん、興味あるでしょう?お釈迦様公認のジュースやスムージーのリストなのですよ。
 先ず、1)amba-pāna(アムバパーナ)=マンゴージュース。2)jambu-pāna(ジャムブパーナ)=モモジュース、正確にはムラサキフトモモ(英語名はblack plum)。3)coca-pāna(チョーチャパーナ)=種有りバナナのジュース、昔のインドにはバナナの原種で種のあるのがあったそうです。*『薬事』全体を翻訳された八尾さんという方はこのチョーチャをココヤシと翻訳されています 4)moca-pāna(モーチャパーナ)=種なしバナナのジュース。5)modhu-pāna(モードウパーナ)=蜜ジュース、井上さんは蜂蜜と解釈されていますが、薬用植物の甘草カンゾウの茎あるいは根である可能性もある。6)muddikā-pāna(ムディカーパーナ)=ブドウ(wine grape)ジュース。7)sāluka-pāna(サールカパーナ)井上さんも同定出来ていません、何なんでしょう。8)phārusaka-pāna(パールサカパーナ)これも同定出来ていません、何なんでしょう。
 他にも4種のrasaつまりスープもしくはスムージーも許可されています。4種とは、①果実スムージー(ただし栽培された穀類の濃いスープは食事と同じなのでだめ)、②葉(=グリーン)スムージー(ただし栽培された一般葉野菜の濃いスープは食事と同じなのでだめ)、③花のスムージー(ただしカンゾウの花の部分のジュースはだめ)、④さとうきび (ucchu) スムージーの4種です。(原文はこの論文の註記に援引されています)

この規定が定まるに至る因縁譚を見ると、信者さんから提供されたジュースを最初お弟子たちは何が戒律違反になるか分からないので受け取るのを躊躇していたところブッダが決めておきましょうと言って規定したそうです。