可成りいいかげんな「趣味の非時食戒」を実行してみようと思います

再度の挑戦です。こんどは六斎日だけではなくて一応全ての日で実行するつもりですが、以下のようにかなりいいかげんな非時食戒(ひじじきかい)もどきになりそうです。

現代生活の中で伝統的な戒律をそのままの形で遵守することは難しいものです。釈尊時代の出家仏教教団で行なわれていた「非時食戒」は、多少の猶予や例外はあったものの基本的には午後に固形食を採らないという生活を継続するというものです。昔は出家者だけじゃなく一般の人でも日に2食も3食も食事が出来る状況ではなかったとは思いますが…。

ちなみに托鉢でもらってきて正午までに仲間の比丘と平等に分配して食べる「信者さんたちから貰った残食」にお肉や魚がもし混じっていても釈尊は文句言わずに食べなさいと指示されたようです。この点はジャイナ教徒達からは大いに非難されましたが、残りもので生かされているという観点からは理にかなっています。ただし残った食べ物を托鉢で貰ってくるというような事が難しい現代の都会生活では、基本的に自分で食事を選ぶわけですからやはり動物食は不殺生戒とは理念的に矛盾します。都市生活での肉食は、間接的には食肉産業を支え、つまりそれは殺生に繋がっているのですから。

さて「非時食戒」に話しを戻すと、精進食生活のほうは、私の中ですっかり習慣づいてきましたし、これを止めるつもりはありませんが、大学で教員として勤務している私はこの「正午以降に」食べないという点をその通り実行しようとすると先ず可成り苦しい。第二講時目の講義が終わるのが12時10分なので厳格に解釈すると、お昼ご飯をパスしさらに次の夜明けまで食べられないことになってしまって、退勤する頃にはダウンしそうです。ここらあたりをルーズに理解して「お昼ごはんが終わったら夕食はあらためて食べない、つまり第三食目は食べない」という位にするのが無理なく続くかも知れない。つまりどういう事かと言うと、そのお昼ごはんが12時を過ぎていても気にしない、とします。釈尊が生きていたインドの地での正午は日本時間で言えば午後3時半なので、理論的にはそこら辺りまでにお昼ごはんを済ませれば良いということに拡大解釈しておきたい。(それって本当にお昼ご飯って言えるのかなあ?まあいいや)立場上参加せざるを得ない会食や晩の宴会などの時は、それは薬石(やくせき)だということでクリア(=言い逃れ)したいと思います。

実は去年の1月から10月まで月に6回(六齋日)限定で「非時食戒」の真似事をしていたのですがたったひと月に6日だけなのに続きませんでした。ストリクトに考え過ぎていたことが失敗の原因でした。今回もどこまで続くか分かりませんが、「厳格に」を目指さず、いろんな例外を作りながら「いいかげんな非時食戒」に着手してみたいと思います。今回はひもじくなったらパンでもかじってやり過ごし、それは次の布薩の日に懺悔します。
 叱られるかも知れないけど、これはあくまで趣味です。けど自分なりには食べたくてもじっと我慢している飢餓の地の子供達への連帯の意識もあります。

というわけで、「仙人の今日の夕食」 のコーナーは 「仙人の今日の食事」 にタイトル変わってます。朝ごはん或いは昼ごはんです。かなり充実した内容なので、一日トータルのカロリー数は同じくらいだと思います。大学で講義が始まったら昼に外食が多くなるかも。